kotonoha

makogatari

WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE

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付箋メモ

 

物理的な必然性で生まれたコミュニティではなく、

インターネットの中で、

「好き」を中心にしたコミュニテイに可能性がある。

 

 

 

自分たちは、

すごく不自由な社会に住んでいる。

そして、

それをインターネットが、自由にし始めたのだ。

 


不自由な社会に自分を合わせるのではなく、

自分の欲望に社会を合わせることが可能な時代が、

もうそこまで来ている。

 


今までは、

自分の意思を押し殺して、社会のシステムに合わせることが必要だった。

これからは、

自分の欲望を正しく理解して、実現するために、いろいろなことを試みることが重要になってきている。

たった数年で、

社会のルールが180度変わろうとしている。

 


歴史の教科書を読むと、社会の変化は一瞬で起きたように感じるけれども、実際の変化は、まだら模様だ。

新しい価値観が一部で生まれ、

それが、ゆっくりゆっくりと増えていく。

 


これからは、物質の所有やヒエラルキー付き組織への所属ではなく、

自分は何を欲しいのか、何をいいと思うのか、それを、わかりやすく表明している個人への注目が集まっていく。

SNSでフォロワーを多く集めているのは、

どんな価値観で生きているかがわかりやすく、ブレない人だ。

 


世界共通の幸せの像があって、全員がそれを目指している。

それがインターネット以前の状態だ。


それに違和感を覚えても、身の回りですぐに仲間を見つけることはできなかった。

だから、自分の方がおかしいと思って、我慢してその価値基準に合わせる。


自分の違和感を押し殺してでも、行動量が減らない人が、評価される。

それが今までの教育システムだ。


(しかし)無限にあると思っていた社会的な大きな不便や不満が、ほとんど解決されてしまった。

残るのは小さな不便や不満になった。

 


ゆうこすちゃん、角田さん、はあちゅうさん、いま輝いている人に共通しているのは、

みんな自分の小さな問題を見つけて、

その問題解決を必死にしている間に世間に認められたということだ。

彼らの価値は、問題解決ではない、

問題発見だ。

 


ブレない価値観を持ち、

「自分の好き」を大切にしている。

世間の価値基準に合わせて、不自由を我慢していないから、自分が取り組む問題を発見できる人たちだ。

 


人の行動は習慣に規定される。

今までの教育では、正解がある問題を与えられ、それを解くことを習慣づけられた。

僕らは、過去の教育システムの影響を多大に受けている。

しかし、その教育システム自体も変わろうとあがいている。

今は、すべてが過渡期なのだ。

 


どこかに問題を押し付けても、何も解決しない。

過渡期に、何をするのかは、自分次第なのだ。

 


自分たちが何を欲しているか、どう生きたいのかを把握せず、社会規範を不自由だと思わず、従ってきたマジョリティは、今やコミュニティを失い、情報処理をうまくできず、孤独を感じ始めている。

 


まずは、自分が得意で、考えて楽しいこと、自分が深掘りしたいことを10個決める。

それについてだけ、投稿することにする。

 


範囲を絞ることで、SNSのアカウントに個性が生まれてくる。

そして、個性を支援してくれる人だけが集まってくる。

 


コミュニティの中で信頼関係を築いた人が増えると、その人の発する情報を信頼することができる。

 


信頼関係のあるコミュニティに所属すると、

どの情報をスルーして、どの情報に耳を傾ければいいのかわかるようになる。

 

 

 

コミュニティに入って来たときに何をやるのかがわからないと、人は動くことができないのだ。

多くの人にとって、

「なんでもできる」は、「なんにもない」と同じことだ。

 


自分について理解している人を増やす。

自分がなぜ、ここにいて、どこに向かおうとしているのか、

それを、正しく理解している人が多ければ多いほど、そのコミュニティでは、「静かな熱狂」が起こりやすくなる。

 


安心・安全を確保して、リアクション・役割を設計する。

その環境の中で安心して、自分の物語を語れるようにする。

この環境を作れれば、コミュニティがうまく動き出すというのが、僕の仮説だ。

 


自分がどんな人間なのか理解して、それを世に発信していく。

それを、正確に、繰り返しできた人は、いい人、いいコミュニティとつながって、成長していける。

すごくシンプルな時代がやってきていて、自分を正しく理解することが、今まで以上に求められている。

 


「あなたは何者か」

「何をやりたいか」

「個として立て」