makonavi

「なんか楽しいことないかな」て思ってるあなたへ贈る、ワクワクのカケラ。

なめらかなお金がめぐる社会。 〜やさしい世界のつくりかた〜

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CAMPFIREの家入さんの新しい本。

これは、やさしい世界をつくろうとしている人の語るお金のはなし。

 

家入さんは、クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE

個人でも簡単にネットSHOPが作れるサイト「BASE

現代の駆け込み寺的シェアハウス「リバ邸」などの立ち上げ・運営に関わってきた。

そこに共通するのは、その時代が必要とする居場所つくり。

自分を肯定してくれる場所さえあれば、人はチャレンジすることに対する恐れが減る。

そんな居場所をつくって、応援する人のやさしい世界のはなし。

これから進む道を模索している人へ。

ハミダシターの家入さんの回とあわせてみるのおすすめです。

 

 

http://fod-sp.fujitv.co.jp/s/genre/variety/ser2316/2316810002/

 

 

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個人の熱意がモノやサービスになったり、応援の気持ちがその人の生活を助けたり。

一昔前までは信じられなかったような世の中が今、確かにある。

 

たとえば、クラウドファンディングとは、これから何かを始めようという人や、起業から間もないスタートアップ、消費者とコミュニケーションして商品開発をしたい企業などには、

この上なく強い味方となる。

(決して金のなる木ではない)

 

声をあげる人とそれを応援する人。

その両者を、つなげるプラットフォームが、今まで考えられなかったお金のコミュニケーションを可能にした。

助けあいから生まれる物語が、クラウドファンディングの現場では日々ささやかに、かつダイナミックに誕生している。

 

個人や地域レベルで小さなつながりを持ち、支え合っているコミュニテイ「小さな経済圏」

この小さな経済圏こそが、何かと生きづらくなった現代の、新しい生き方の鍵を握っている。

 

ある町とのであい

そこは物の貸し借りや物々交換が頻繁におこなわれている。

お互いを支えることが当たり前になっている。

必要以上に稼ぐことをしない。

確信を持ってのんびりしている

 

頑張れば幸せになれるって言ってたけど、そんなことないじゃんと多くの日本人が気づいてしまったいま

 

大きいことはいいことだの終焉を迎えようとしている。

 

若い子たちは単にお金が全てだった時代のその先を見ている。

 

大きなことはいいことだという今までの絶対的な価値基準がなくなったことで、

一体何を信じて、どこを見て進んでいけばいいのかわからず、つらい思いをしている若者が増えている。

 

自分の中にこうやって生きたいとかこれだけは譲れないといった確固たる幸せの基準がある人にとっては、

それを追求できる環境にあるという意味で理想的な社会だけど、自分なりの基準がないひとにとってはこれまたつらい。

 

各自が自由に、自分の幸せにを追求できる社会。

経済的というよりも、精神的に持続可能な社会。

 

その時重要なことは「自分の人生をどう生きたいのか?」という問いをもつこと。

自分のやりたいことを一緒に実現してくれる仲間がいるか?ということ。

 

多くに人のマインドは競争から共存、全体から個人へ、その方向をシフトし始めている。

それを後押ししているのは、行きすぎた資本主義に対する反動とインターネット空間がもたらした小さな塊(クラスタ)化。

その仕組みをいかにアップデートするか?

 

信用力という新しい貨幣。

 

大きな経済圏は大きな経済圏のまま普通に続いて行くと思う。

でも会社とか、ちょっと大きなシステムは個人の都合がないがしろにされやすくて、人の感情がすりつぶされるようなところがあったりする。

マジョリティの経済圏で疲れた人のためにもう一つのライフスタイルがあるということが大事。

向き不向きがある。

それぞれの人が向いている場所に行ったらいい。

  

学校なり会社なりがその人の世界のすべてになってしまって

「ここからこぼれたら自分はもう生きていけない」と思っている人も多い。

実はそこから一歩外に出てみると、世界は広いということに気づけたりするけれど、その一歩がなかなか踏み出せない。

 

具体的な例を知らないと実感が湧かない。

 

真似できそう。

声をあげていいんだ。

て思えることが重要。

 

いきなり「こういう生き方をしたい」と言っても、だれも最初は応援してくれないと思う。

手始めにだれかを手伝うことから入っていくと、いつか自分がやりたいと思ったときにその人たちが手伝ってくれる。

 

 

なぜ多くの人は、富や権力に取り憑かれてしまうのか?

それは、富や権力が自己実現の可能性を広げる唯一の選択肢だと思い込んでしまう状況があるから。

なぜ多くの人は、大きなものに依存してしまうのか?

それは、自分で生きていくことは限られた強い人にしかできないと思い込んでいるからだ。

人が生きづらさを感じる瞬間というのは、既存の社会にお膳立てされた仕組みや価値観にフィットしないときに多い。

だから僕は選択肢を増やしたい。

 

働き方や生き方、自己表現の仕方、人とのつながり方などの選択肢が増えれば、

世間体や会社の評価、社会のルールのような「外」ばかりに意識を向けてしまうばかりでなく、

純粋に自分がやりたいこと、自分が幸せを感じることを追求していくことができるようになるはずだ。

 

お金がないからできないとか、時間がないから無理だとか、人はできない理由を作るのは得意だ。

 

行動を起こすときに言い訳になるような障害がない、なめらかな状態。

選択肢を増やすということは突き詰めるとそういう社会のこと。

そんな自由な社会をどう滑走していくのかは本人の生き方にかかっている。

 

資本主義は行きすぎた。

 

社会の底上げには

微分での改善でなく、個々が自分なりの幸せを追求したり、精神面の課題を解決するような、積分での解決策を講じること。

お金に代わる幸せの基準の確率。

 

どんな時代にも生きづらさを抱える人たちは絶対にいるので、そういった人たちのために

「僕らはこういうやり方やってみるよ」っていうスタンスを見せることが僕の今すべきことだと思っていて、

それはCAMPFIREやリバ邸のようなプラットフォームを作ることかもしれないし、それ以外の活動かもしれない。

 

 

おわりにより

 

これからの日本では、国というレイヤーを超越したところで活躍する「超グローバル」みたいな生き方と、

地元で気のいいやつらと暮らしていくような「超ローカル」みたいな生き方の二極化が激しく進んでいくんじゃないかな、と思っている。

 

ただ、世界と比べたときに、大半の日本人の強さは「超グローバル」ではない気がしている。

もちろん、世界に飛び出して地球規模のカヂアに取り組める人もいるけれど、

むしろ小さなコミュニティを作ったり、小さな経済圏を作ったりする方が日本人は得意なのではないだろうか。

 

生きづらくなった世の中を、生きづらくなったと感じている人たちが直接つながって課題を解決する。

もしくは、風雪を耐え忍ぶ。

そっちの方向の方がよっぽど幸せ度が高そうだし、自由な生き方ができるんじゃないだろうか。

この考え方は、この先同じような課題に直面する他国の人々にとってのロールモデルにもなりうる気がしている。

だから僕の関心も、もっぱら「小さな経済圏」を作ることにある。

 

「小さな経済圏」を模索する時にいつも思うのは、人にとっての幸せの源は実は身近なところにあるのに、

多くの人はそれに気づいていないこと。

 

(中略)

 

結局は何を幸せとするかという話になるんだろうけど、その軸はいまだに僕もわからない。

というか、正解なんで、多分ない。

これが正解だと思ったけど実は違ったみたいなことは全然ありうむ。

でも、「これが幸せなのかな」って思えるぼやっとしたものの端っこでも見つかると、生き方はだいぶ楽になる。

 

この本がその端っこをつかむきっかけになったら、著者冥利につきる。